デイジーと視覚障害者への情報提供基盤整備事業
日本障害者リハビリテーション協会
情報センター長 河村 宏
- デイジー(DAISY)とは何か
- デイジーの国際共同開発
- インターネット技術とデイジーの融合
- シグツナ・プロジェクト
- 厚生省補正予算事業
これらの文章は『デイジー録音図書目録』(大活字版)に掲載されたものです。
1.デイジー(DAISY)とは何か
デイジー(DAISY: Digital Audio-based Information System)は、視覚に障害を持つ人の大多数が使うカセットテープに代わる次の世代の録音図書のための国際標準規格として開発が進められてきました。
デイジーに求められた機能は、カセットテープの利点をすべて残した上で、目次やページを使えること、原本以上にかさばらないこと、事実上永久保存が可能なこと、そして、任意の言葉の綴りを確認できること、等でした。
現在のデイジーはこの要求をすべて満たすことができます。目次から読みたい章や節に、あるいはページに飛ぶことができます。MP3などの最新の圧縮技術を使うと一枚のCDに50時間以上も収録できて原本より小さくなることもあります。また、ディジタルメディアの特長として何度コピーをしても劣化はありません。そして、デイジーに準拠したマルチメディア図書であれば、音訳と同時にピンディスプレイで今読み上げているテキストを表示したり、音声合成装置に詳しくテキストを読み上げさせて綴りを特定することもできます。デイジーは、国際共同開発機構による技術開発を軸に国際的な互換性も確保しつつ、これまで録音図書に託されてきた夢のほとんどを実現しています。
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また、視覚に障害を持つ人に晴眼者と同等の情報アクセスを提供する録音図書システムを開発するうちに、インターネットのホームページ、電子出版物、ディジタルテレビなどのマルチメディアに障害を持つ人がアクセスするための基本技術としてもデイジーが有効であることが認められてきています。視覚障害者の情報要求を満たし、マルチメディアの世界のユニバーサル・デザインを実現するために欠かせない基本技術の一つが今日のデイジーです。
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2.デイジーの国際共同開発
デイジーの国際共同開発は、1995年の4月に当時国際図書館連盟の盲人図書館セクションの議長を務めていた筆者が、
(1) 2年以内に次世代録音図書の標準化をはかる
(2) その目標達成のために国際共同開発組織を発足させる
という二点を提唱して始まりました。その年に3回にわたってスウェーデン、イギリス、日本の3国で協議を重ね、スウェーデンが開発していた当時のデイジーをもとに次世代録音図書の国際標準規格の開発を進め、どのメーカーも参入できるように技術仕様は公開とすることなどを合意しました。
この合意を基礎に、日本国内では盲人福祉の関係団体と(株)シナノケンシとを軸にデイジーの開発支援と国際評価試験を実施する団体として、ディジタル音声情報システム促進委員会(板山賢治委員長)が結成されました。
1996年5月に待望のデイジー国際共同開発機構(デイジー・コンソーシアム)が日本、スウェーデン、イギリス、スイス、オランダ、スペインの6ヶ国で結成され、ほぼ同時に日本政府の長寿社会福祉基金によるデイジーと試作プレイヤー(プレクストーク)の国際評価試験への助成が決定しました。
評価試験実施委員会は日本国内と海外とに分かれて組織され、筆者は両方を統括する責任者を務めました。国内では点字図書館関係者やロバの会などのボランティアグループ、盲学校の関係者の皆さんなどが苦労して手探りで製作した評価用のデイジー図書とシナノケンシが試作したプレクストークを数百人の視覚障害者に実際に使っていただいて感想とコメントを集めました。
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海外では、スウェーデン、イギリス、オランダ、世界盲人連合(ウルグアイ)の代表を含めた国際評価委員会を組織し、国際共同開発機構と緊密に提携しながら、世界32ヶ国で視覚障害者によるデイジーとプレクストークの評価を実施しました。評価試験実施時には、共同開発機構にはドイツ、デンマーク、オーストラリア・ニュージーランドが正式メンバーとして加入していました。
国際評価試験は、32カ国千数百人以上の視覚障害者の参加を得て実施され、1997年7月に東京の戸山サンライズで開かれた最終評価の国際会議をもって一応終結し、世界はデイジーを待っていることを改めて確認しました。
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3.インターネット技術とデイジーの融合
国際評価試験たけなわの1997年3月、カリフォルニア州立大学ノースリッジ校が毎年主催する「技術と障害」と題する国際会議で、デイジーははじめてアメリカに紹介されました。この会議は、北米ですばらしく発達した多様な読書の方法とデイジーとの出会いの場になりました。この時出会った3人のアメリカ側の専門家は、「これを境に人生が変った」と述懐していますが、実はデイジーの方も大きな影響を受けました。
英語圏では音声合成装置と点字ディスプレイの発達が著しく、多くの活動的な視覚障害者は専門書をコンピューターで読んでいます。インターネットはこのような環境にある視覚障害者にとっては最も効率的な情報源と期待されている反面で、視覚に依存するWWWの豊富な表現が新しい情報バリアーになる危険も指摘されていました。
米国側の主な問題意識は、音声合成装置を極限まで生かしつつ、数式や図表など当面どうしても人間が介在して変換しなければならない部分を音訳で補うしくみの開発でした。突き詰めていくと、WWWが提供するマルチメディアの世界を活用して、数式や絵の部分に人間の音声による正確な発音あるいは解説を提供することに至ります。また、この技術が開発できれば、そこから音声だけを取り出すことは簡単にできますので、録音図書としてのデイジーのすべての機能はこのシステムと共存できます。
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問題は米国側に国際標準規格づくりに参加させることでした。このためにデイジー国際共同開発機構は「次世代録音図書のフォーマットに関する国際会議」を1997年5月にスウェーデンの湖畔の小都市シグツナ(Sigtuna)で開き、デイジーをインターネットのマルチメディアに対応する第二世代に進化させることを前提に米国との一致点を見出すことになりました。
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4.シグツナ・プロジェクト
幸い米国は期限ぎりぎりの1997年8月に共同開発機構に加入しましたが、ここに実際にデイジーとマルチメディア技術を統合する仕事が残されました。
デイジー国際共同開発機構は、この第二世代デイジーの仕様の開発にすぐ着手できる状況になかったため、たまたま自らのWWWを視覚障害者にもアクセスできるように開発する必要があった日本障害者リハビリテーション協会が、第二世代デイジーの仕様の開発も含めて情報サーバーを構築することになりました。
スウェーデン、アメリカ、日本の3国の企業が共同で取り組んだこの第二世代デイジー開発プロジェクトは、最初に打ち合わせをした地名にちなんでシグツナ・プロジェクトと呼ばれています。
インターネット技術と融合した第二世代デイジーは、パソコンで録音・編集し、CD-ROMで貸し出し、専用プレーヤーで聞くという初代デイジーと全く同じ方法の他に、インターネットのWWWサーバーによって情報を提供することもできます。また、その応用として普通の電話でインターネットの情報を選び、内容を耳で聞くこともできます。その後シグツナ・プロジェクトは、テキストと音声を同期できる録音・編集ソフトウエア、デイジー録音図書の再生もできる視覚障害者用WWWブラウザー、そしてコンピューターを持たない人に電話でインターネットの情報を提供する電話ブラウザーの三つのソフトウエアの開発に発展しました。
第二世代デイジーの開発の中で、デイジーはスマイル(SMIL)という新しいインターネットの標準技術の一つの成立を促進したことも特筆に価します。
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5.厚生省補正予算事業
1998-2000年には、三度にわたる厚生省補正予算によってデイジーの全国的な導入が実現しました。日本障害者リハビリテーション協会が受託実施したこの事業の結果、500ユニット以上のデイジー製作システムと8800台のデイジー再生機が全国に配備されました。合計2580タイトルのデイジー録音図書とCD-ROMに収めた601タイトルの法令もすべての視覚障害者情報提供施設等に日本障害者リハビリテーション協会から提供されました。これによって大きな基盤整備は終わり、デイジーの本格的普及のために残された主な課題は、専用プレーヤーの日常生活用具化と、全国的な録音図書総合目録の整備および製作面での総合調整などになりました。
学習障害や知的障害の人々にもデイジー図書は有効と思われますが、著作権の壁が厚く立ちふさがっています。この面での取り組みは障害者関係17団体が組織する障害者放送協議会(村谷昌弘会長)が精力的に進めています。その結果、これまで著作権者の権利擁護に偏っていた文化庁と著作権審議会が、障害を持つ人々の情報アクセス問題に理解を持ち、当面インターネットとディジタル技術に関わる著者の権利を一部制限して障害を持つ人の情報アクセス権との調和をはかる著作権法の改正を行おうとしています。
WWW、電子出版、ディジタルテレビ等、次々と新しいマルティメディア情報システムが登場する中で、一歩踏み込むことで障害全般に関わる情報アクセス問題への回答を出すチャンスが生まれています。一連のデイジー関連補正予算事業は、障害のある人も無い人も一緒に情報アクセスが保障される情報社会基盤の構成に向けた大きな一歩として評価されるものと信じます。
[参考] デイジーおよびデイジー関連の補正予算事業については、ノーマネットに最新情報が掲載されています。 をご覧ください(現在は
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