米国教育省『教育概観』
ごあいさつ
教育は、いつの時代でも米国の優先課題である。初期の入植者たちは、学校や大学を設立し、子供たちが実りある生活を送れるよう教育に力を注いだ。こうした伝統は現在も受け継がれている。
米国の教育制度は、海外のアイデアを取り入れ、独自の要素を加えることにより発展してきた。他の多くの国々と同じように、われわれも状況の変化に対応し、即応し、新たな工夫をこらしてきた。
今日、われわれは、あらゆるレベルを合わせると7,000万人以上の学生・生徒を教育しており、世界有数の頭脳を輩出している。それでもなお、われわれは引き続き教育の改善に取り組んでいる。われわれは、わが国の学校、教師、学校運営者、そして、誰よりも若者たちを誇りに思っている。
2001年、ブッシュ大統領は、生徒の学力の伸び悩みや、低所得層の生徒と裕福な生徒の間の学力差などに取り組むために、「落ちこぼれをつくらないための初等中等教育法」を成立させ、国を挙げて子供たちの教育方法を改善するように促した。
世界各国からやってくる来訪者たちは、わが国の学校についてひんぱんに質問してくる。もちろんこれは当然のことである。世界が日々収縮しており、だれもが他国の文化についてもっとよく知りたがっているからである。
そこで、われわれはこの小冊子を用意し、米国における教育の概要を説明することにした。その内容は、歴史的経緯にとどまらず、教育の体系、分権化、資金面などの問題点にも言及している。
この冊子が皆様の役に立つことを願っている。また、皆様の国内での経験もお聞かせいただきたい。われわれにとって学ぶべきことが多々あると思う。
最後に、われわれはみな、21世紀が希望と繁栄と平和に満ちた世界になるように、子供たちを教育することを望んでいる。米連邦政府教育省は、皆様と協力し合う機会が訪れることを念願しています。
ロッド・ペイジ
米国教育長官
序文
米連邦政府教育省は、毎年、米国の教育について理解を深めたいという諸外国の方々から多くの問い合わせを受けている。手紙による質問もあれば、教育省を訪れる多数の外国人訪問者から、直接質問を受ける場合もある。
この冊子は、こうした問い合わせに対応し、順序よく情報を提供するため、米国の教育における重要な側面と一般的な特質を、簡潔に説明することを意図したものである。米国の教育は高度に分権化が進んでいるので、教育政策やその実践は、州、あるいは学区ごとにかなりの違いが見られる場合がある。この点に留意し、この小冊子では、米国における教育慣行の平均的な姿と一般的な様式を紹介している。
個別の教育政策とその運営について知りたい場合は、地区または州の教育機関に接触して頂きたい。特定の分野で情報をほしい方のために、冊子の至るところにインターネットアドレスを記載しておいた。
はじめに
米国の教育制度は高度に分権化されている。アメリカ合衆国憲法(1787)修正第10条(1791)は次のように述べている。「本憲法によって合衆国に委任されておらず、また州に対して禁止されていない権限は、それぞれの州または人民に留保される。」これに基づき、公立学校の設立、運営に関する総合的権限は州に委ねられている。全米一律の学校制度は存在しない。また、カリキュラム(教育課程)を定めたり、あるいはそれ以外の多くの側面で教育管理を行うための全米一律の法的枠組も存在しない。連邦政府は、教育面で重要な役割を果たしているが、いずれの教育段階においても、学校の設立や認可はもとより、教育機関の管理を行うことはない。(注1)
米国における教育の分権的性格の起源は、米国史の初期の段階にまで遡る。17世紀および18世紀の初頭にかけて、後にアメリカ合衆国となる地域では、ヨーロッパ諸国から渡ってきた移住者たちが別々に築いた植民地の集まりとして発足した。合衆国を形成した13の英植民地では、植民地政府が教育を担当し、また、植民地によっては、地域共同体がその役割を担っていた。地域共同体ごとに自分たちの学校を作り、運営するのが通例だった。地域共同体はそれぞれの優先順位、価値観、必要性に応じて、子供たちを教育した。このような歴史を顧みると、州と地域の政府がなぜ現在に至るまで、初等・中等教育の政策や運営に大きな権限を持ち続けているかが理解できる。高等教育に関わる各機関も、建国以来、伝統的に大きな独立性 を享受しており、現在に至るまで高い自主性を保ち続けている。
このあと本冊子は、米国史上特筆すべき「2001年 落ちこぼれをつくらないための初等中等教育法」(以下「落ちこぼれ防止教育法」の略称を用いる)について述べる。第1部では、米国の教育組織・体系を概観し、第2部では、教育政策、運営、資金の面で、連邦・州・地域の3つのレベルの政府が担う役割について、とくに初等・中等教育主眼をおいて説明する。
落ちこぼれ防止教育法 - 新時代を招き入れた法律
2001年落ちこぼれ防止教育法(No Child Left Behind)は、生徒の学力向上と米国の学校文化の変革を目指した教育改革の画期的な立法である。(注2)
この法律は、超党派圧倒的支持を受けて議会を通過し、2002年1月8日、ジョージ・W・ブッシュ大統領が署名して成立した。明らかにわれわれの子供たちはわれわれの未来である。だが、ブッシュ大統領が明言したように「わが国の貧困家庭の子供たちがあまりにも多く落ちこぼれている」のである。
「落ちこぼれ防止教育法」の通過を受けて、議会は初等中等教育法(ESEA)を再度承認した。これは、幼稚園から高校に至るまでの教育に影響を与える最も重要な連邦法である。ESEAの改正にあたり、新法は、連邦政府による初等・中等教育支援策を徹底的に見直している。州は連邦政府から教育資金の助成を受ける代わりに、その州のすべての子供に施される教育の質的向上に資金が活用されることを保証するため、説明責任制度を設けることが義務づけられた。
なぜ「落ちこぼれ防止教育法」は重要なのか
1965年、初等中等教育法(ESEA)が最初に議会を通過して以来、2003年までに連邦政府は、2,420億ドル以上を費やして、教育の機会に恵まれない子供たちを支援してきた。にもかかわらず、学業成績でみた貧富による差、白人と少数民族の生徒との差は開いたままである。読解力に関する最新の全米学力調査(NAEP)は2002年に実施されたが、これによると、4年生では、着実に成績向上を示して「熟達レベル」で読むことが出来た生徒は、全体のわずか31パーセントであった。成績最上位の生徒の得点は長期的に見て上昇したのに対して、最下位のグループの生徒の得点は下がる結果となった。(注3)
良いニュースもある。それは全米の都市部で、過去の成績が低迷していた子供の学力を向上させた学校も出てきたことだ。いくつかの学校にできることなら、すべての学校にできるはずだ。これが、「落ちこぼれ防止教育法」の目的である。この法律は良識的な4つの柱に基づいている。それはすなわち、成績に対する説明責任を、科学的調査に基づく施策の重視、保護者に対する選択肢の拡充、地域の現場管理と柔軟性の拡大、の4点である。
成績に対する説明責任
改善を必要とする学校および地域を特定する
「落ちこぼれ防止教育法」は、同法で規定された成績説明責任条項の一環として、2013-2014学年度末までに、あらゆる子供が州の教育基準で定めた熟達レベルを達成することを目的に設定している。この目的を達成するため、各州は学習の進捗状況を測定し、すべての子供が間違いなく学んでいることを確認するための基準作りを行った。どの子供もこぼれ落ちないように、各州は、生徒の学力データを区分けし、分類して、その各グループに対する責任を各学校に負わせることが求められている。成績データは異なる人種や民族の子供、障害のある生徒、経済的に恵まれない家庭の生徒、そして英語を第2言語として学んでいる子供、という風に分類し、分析される。こうした分析方法により、各学校は州の学力期待値を達成するため に追加援助が必要な生徒集団を特定することができる。
「落ちこぼれ防止教育法」では、州が定めた「1年間の成績の適切な向上」を2年間連続して達成できなかった学校(学校全体、またはいずれかの主な成績下位集団)は、「要改善」と見なされ、改善のための支援を受けられる。「落ちこぼれを防止教育法」に基づく評価は、各学校が改善を必要とする科目や指導方法を特定するうえで役立っている。たとえば、読解の得点が州の基準に達しない場合、その学校は読解のカリキュラムを改善する必要があることに気が付く。
以前なら、こうした学校が注目されることも、改善に必要な支援を得られることもなかったかも知れない。「落ちこぼれ防止教育法」が出来たことにより、各州はすべての在校生の要求に応えられない学校を、今後は絶対に放置しておかないことを誓ったのである。
改善を必要とする学校を支援する
ESEAの第I章:恵まれない子供の学力改善 は、経済的に苦しい生徒が高い比率で集中している州、地域学区、学校を対象に助成金を与えるもので、これにより、貧困家庭の子供の教育を改善し、成績不振校の状況を好転させ、教師の質を向上させるとともに、保護者の選択の幅を広げることを目的としている。第I章に該当する学校が「要改善」であることが判明した場合、学校当局は保護者、学校職員、地域および外部の専門家と共に、改善策を打ち出すことが義務づけられている。
学校が立てる改善計画には、科学的調査に基づいて、主要科目、とりわけ当該校が要改善と見なされることになった科目の分野での指導を強化する対策を盛り込まなくてはならない。要改善となった学校は、保護者の学校への効果的な参加を促すとともに、教師も対象とした指導計画を取り入れた具体策を作ることが求められる。
教師と校長に、よりよい情報を提供し、教え方と学び方を改善する
毎年実施される学力進捗測定により、教師はそれぞれの子供の得意分野と弱点に関する客観的な情報を入手できる。これを踏まえて、教師は各生徒が基準を満たすか、それ以上の成果をあげられるように授業を工夫することが可能になる。さらに、校長はこうしたデータを活用し、たとえば専門能力の開発など、その学校が力を注ぐべき分野を判断することができる。
教師の質を最優先する
「落ちこぼれ防止教育法」は、教室でなんらかの指導に携わる教師や助手が最小限必要とする資質を挙げている。同法は州に対して、2005-2006学年度末までに、主要科目を教える全教師が高い能力を身につけられるような計画を立案するよう求めている。その実現に向けて、各州の計画には、各地域学区および学校が達成すべき測定可能な年次目標が含まれていなければならない。さらにその進捗状況を、保護者や地域社会に配布する年次報告カードの中で説明しなければならない。
学校にさらに多くの資金を与える
現在、地域、州、連邦の納税者は、生徒一人につき平均8,000ドル近くを負担している。4「落ちこぼれ防止教育法」に基づく全プログラムを対象に、州と地域学区は、かつてないほど多くの連邦資金を受け取っている。2003-2004学年度は237億ドルだった。これは、2000年から2003年にかけて、59.8パーセント増加したことを示している。こうした資金のほぼ半分が、ESEA第I章・恵まれない子供の学力改善に基づく助成金で、それによって要改善と判断された学校は生徒への指導内容を向上させるために必要な資金を確保する。
科学的根拠のある調査
効果を重視する
「落ちこぼれ防止教育法」は、厳密な科学的調査により効果が明白に示された教育計画と授業の普及に特に力を入れている。連邦資金はこうした教育計画の支援に焦点を当てている。学校は、調査ならびに立証された効果に基づいて、指導教材や指導方法、専門的能力の開発計画などを決めたり選んだりすることが求められる。例えば、「まず読解力を」というプログラムには毎年10億ドルの連邦資金が確保されている。この資金で、低学年を教える読解担当の教師は、昔学んだ教え方に磨きをかけたり、科学的調査で効果があることが分かった新しい教え方を身につけることができる。
保護者の選択肢の拡充
保護者に子供の学力向上についてより多くの情報を提供する
「落ちこぼれ防止教育法」に基づき、各州は公立学校の全生徒の読解力と数学について、3年生から8年生までは各学年で、また10年生から12年生の間で、少なくとも1回、学力考査を行わなければならない。2007-2008学年度までに、科学が試験科目に追加される。この際の評価は、州が定めた授業内容と達成基準に照らして整合性あるものでなくてはならない。こうした評価につき保護者には、自分の子供の得意科目と不得意科目について客観的データを通知することになる。
子供が通う学校の業績に関する重要情報を保護者に喚起する
「落ちこぼれ防止教育法」は、個々の学校や学区に関する、読みやすくて詳しい保護者向けの報告カードを州や学区が作成し、成果を収めている学校の名前を挙げて理由を説明し、全体の教育活動の進捗状況について伝えることを求めている。報告カードには、人種、民族、性、英語能力、移住状況、障害の程度、低所得水準の別に分類された生徒の学力データと、教師の専門的能力についての重要な情報が記載される。同法では、こうした規定により、保護者が自分の子供が通う学校についての重要な情報や、子供の生活環境の違いにかかわりなく、その学校がすべての子供たちのために公正に教育をしているか否かについての情報も適宜入手できるようにしている。
要改善校に通う子供の保護者に対して新しい選択肢を与える
第I章に該当する学校が要改善と判断された場合、その最初の年に、保護者には子供の転校についての選択肢が提示される。転校先は、同じ学区内の成績が上の公立学校で、チャーター校(特別認可校)も含まれる。新しい学校へ通学する際、一定経費の範囲内で、交通手段が確保されなければならない。要改善と判断された2年目にも、当該の学校は保護者に公立学校への転校を、引き続き選択肢として提示しなければならない。さらに、転校せずにその学校に残る低所得層の生徒には、無料の個人指導といった補助的な教育上の便宜を選択肢として提供しなければならない。
柔軟性および地域管理の拡大
より柔軟性をもたせる
「落ちこぼれ防止教育法」では、州と地域学区が厳格な説明責任を負うのと引き換えに、連邦資金を一層柔軟に活用できるようになっている。この結果、校長や学校管理者が書類の記入に費やす時間が減り、生徒のために仕事をする時間が増える。彼らは州と地元レベルの政策立案者が適切と見なす範囲内でより自由に新たな工夫をこらし、資金を配分することができる。これにより、地元の人びとの意見が学校活動の決定に反映される機会も増える。
教師の成長を奨励する
「落ちこぼれ防止教育法」は、教師の質を向上させるため、州や地域の判断で新しい方法を柔軟に取り入れることができる。型にとらわれない教員資格検定、主任教師の能力給、改善がとりわけ必要な学校で教えている人々や、数学や科学など主要科目の教師に対するボーナスなどが含まれる。
教師の質向上のための州奨励金プログラム(「落ちこぼれ防止教育法」の第II章に基づく)では、州や地区の裁量で、生徒の学力向上に最適な、教師の専門能力養成計画を選ぶことができる。
図1の解説:図1は米国の教育制度の構造を表しており、就学前から大学院に至るまでの最も典型的な教育コースを示している。
幼児教育の段階は以下の通りである。
* 保育園(ナーサリースクール)(3-4歳)-- 1-2年間
* 幼稚園(キンダーガーテン)(4-5歳)-- 1-2年間
初等・中等教育(1年生から12年生)については、従来から4コースがある。個人が選択するコースは州、学区、またはその個人が勉強する学校によって異なる。段階の種類は以下の通りである。
種類1
* 小学校(エレメンタリー、またはプライマリースクール)(6-13歳)-- 8年間
* 4年制高校(14-18歳)-- 4年間
種類2
* 小学校(エレメンタリー、またはプライマリースクール)(6-9歳)-- 4年間
* ミドルスクール(10-13歳)-- 4年間
* 4年制高校(14-18歳)-- 4年間